第一幕 コルウス襲来 第二場

「エルク……」

エルクの傍ら、彼より頭一つ分背の低い男が、不安げに彼の顔を見上げた。


まだ少年の面影が色濃く残った、エルクより二つ年下の狩人だ。

その名をコタという。


エルクとの年の差以上に童顔で、母親似なこともあって少女めいてすら見える。

昨年狩人としての成人を迎え、お披露目のため王都ニオールに行った時は方々で女の子に間違われ、本人はいたく憤慨したものだ。


血のつながりはないが、幼い頃からエルクとは実の兄弟同然に里で育ち、成長した今も彼のことを実兄のごとく慕っていた。


まだ狩人としては駆け出しだが、手先が器用で物覚えも早い。あと数年もすれば立派な森の戦士となるだろう。エルクも内心、コタのことを自慢の弟と思っていた。

だが、いまは普段利発なコタの表情もかげっていた。


「コタ、お前も何か感じるのか?」

「分からない。けど、嫌な予感がするんだ」


まだ声変わりもしきらない少年の声は、不安げに震えていた。よく見れば、その顔色も青ざめて見えた。

自分も同じ顔をしているのだろうか、とエルクは思う。


「早めに他の皆と合流しよう。場合によっては、一度戻って星読みのクエナ様に相談した方がいいかもな」


エルクが口にしたのは部族の占星術師にして精神的指導者である老媼(おうな)の名だった。

その二つ名の通り、星の運行から吉兆・凶兆を読み取る術を心得ており、その助言は時に族長の言葉以上に重きをもって、部族の者に扱われていた。


守護の森の見回りは二人一組になって行われる。エルク達のほかにもう二組、計六人の狩人が森の中を探索中だった。


平時の見回りであればそれで何の心配もないが、今回は嫌な予感がぬぐいされなかった。

森に分け入るほど、その予感は強くなる。


「なに、心配するな。クエナ様ならきっとなにかご存知だ」


エルクは強いて楽観的に言い、コタの髪を乱暴にかき回した。


「わっ、やめろよ。子ども扱いすんなよ、エルク!」

「そりゃ無理だ。すぐなでやすいとこに頭があるお前が悪い。嫌ならいますぐ背を伸ばせ」

「無茶言うなよ」


戯言を交わすうちに、こわばっていたコタの表情もほぐれてきた。

だが本音を言えば、エルク自身、コタを励ますためよりも、自身の緊張を解きほぐしたくてこんな態度を取ったのかもしれない。


森での油断は禁物だが、逆に無闇に気を張り詰めすぎるのも危険であると、経験からエルクは知っていた。

そうと分かっていても、言い知れぬ不安はぬぐいされなかった。


「よし、そうと決まればさっそく集合の合図を―――」


エルクが言いかけたその時だった。

北西の方角に、朱色の煙が立ち昇るのが見えた。





煙は細くたなびき、森の木々を越えて天高くまでまっすぐ続いている。

無論、自然に発生したものではない。

仲間の狩人が用いた発煙筒の合図である。


その意味するところは “至急応援求む“。


「エルク」

「ああ」


うなずきあうが早いか、二人は走り出した。


煙の出所は遠くない。さらに森の奥に分け入ったあたりだ。

道なき森の中を走るのは、エルクの方に一日の長があった。

どうしてもコタは遅れがちになり、次第にその差が開いていく。


エルクは少し心配になったが、いまは先を急ぐべきだと判断する。

足もとに絡まる草木を跳び越え、枝葉をくぐり獣の如く疾駆した。